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千葉地方裁判所松戸支部 平成8年(ワ)514号 判決

原告

株式会社ライト

右代表者代表取締役

中村健治

右訴訟代理人弁護士

水津正臣

栗山学

清水和彦

被告

有限会社サワヤクリーニング

右代表者取締役

菅野アイコ

被告

有限会社ファニー

右代表者取締役

久留見敏也

右両名訴訟代理人弁護士

小谷恒雄

清水徹

主文

一  被告有限会社サワヤクリーニングは、原告に対し、金一四二八万九一四〇円及びこれに対する平成八年七月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告有限会社ファニーに対する主位的請求及び予備的請求一、二をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告有限会社サワヤクリーニングの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

原告の請求の趣旨

(主位的請求)

1  被告らは、原告に対し、連帯して、金一四二八万九一四〇円及びこれに対する被告有限会社サワヤクリーニング(以下「被告サワヤ」という。)については平成八年七月二〇日から、被告有限会社ファニー(以下「被告ファニー」という。)については平成八年七月一九日から各支払済みまでの年六年分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

(予備的請求一―債権者代位権)

1  被告サワヤは、原告に対し、金一四二八万九一四〇円及びこれに対する平成八年七月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告ファニーは、原告に対し、金一四二八万九一四〇円及びこれに対する平成八年七月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

(予備的請求二―債権者取消権)

1  被告サワヤは、原告に対し、金一四二八万九一四〇円及びこれに対する平成八年七月二〇日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告サワヤと被告ファニーが、平成八年五月三〇日にした営業譲渡契約を、原告と被告ファニーとの間で取り消す。

3  被告ファニーは、原告に対し、金一四二八万九一四〇円及びこれに対する平成八年七月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  1、3、4項につき仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、原告が、主位的請求として、被告サワヤに対し、クリーニング用諸資材の売買代金一四二八万九一四〇円と遅延損害金の、被告ファニーに対し、右売買代金につき債務引受契約、営業譲受人の債務引受広告による責任(商法二八条)及び法人格否認の法理に基づき、同額の金員の、連帯支払請求をし、予備的請求一として、被告ファニーに対し、債権者代位権に基づき、被告サワヤの被告ファニーに対する平成八年五月三〇日付営業譲渡契約に基づく代金一億一六一六万円の内金一四二八万九一四〇円と遅延損害金の支払請求をし、予備的請求二として、被告ファニーに対し、右営業譲渡契約は詐害行為であるとして、債権者取消権に基づき、その取消と価格弁償として、原告の被告サワヤに対する前記売買代金一四二八万九一四〇円と同額の金員と遅延損害金の支払請求をしたものである。

(争いのない事実等)

一  原告は、クリーニング用紙製品とその資材の売買、電気機械器具、事務用機械器具等及びそれらの部品、付属品の販売等を目的とする株式会社である。

被告サワヤは、洗濯業及び洗濯物取次業等を目的とする有限会社、被告ファニーは、クリーニング業、クリーニング取次業務等を目的とする有限会社である。

二  原告は、被告サワヤに対し、クリーニング用諸資材を売却してきたが、平成八年四月末日の段階で、引渡済みの商品売買代金債権として金一六六一万八六〇七円を有していた。被告サワヤは、右代金支払いのため、振出日・平成八年五月三一日、金額一三二八万九一四〇円の持参人払い式小切手を、振出日・同年六月二〇日、金額五〇万円の持参人払い式小切手を、振出日・同年六月二五日、金額五〇万円の持参人払い式小切手を振り出した(この事実は、被告ファニーに対する関係では、弁論の全趣旨により認める。)。原告は、右小切手三通の所持人である。

三  被告ファニーは、被告サワヤの元取締役久留見敏也を取締役として設立され、平成八年五月三〇日、被告サワヤから工場、設備及び営業権の一部の譲渡を受けて引き継ぎ、同年六月一日にクリーニング業、クリーニング取次業等の業務を開始した。

四  被告サワヤは、平成八年四月ころ、経営が悪化し、従業員に対する給料の支払いが二か月遅れとなり、仕入先には手形の支払延期を依頼する状況となり、同月二五日には主要な債権者を集め、善後策を協議する事態となった。被告サワヤは、平成八年四月当時、既に債務超過の状態にあり、その後現在まで同様の状態である。

五  前記小切手三通は、金額一三二八万九一四〇円の小切手が平成八年六月三日に、金額五〇万円の小切手(二通)が同月二一日と二五日に支払いのためそれぞれ呈示されたが、いずれも支払いを拒絶された。被告サワヤは、平成八年七月に銀行取引停止処分を受けた。

第三  争点

一  債務引受契約の成否

(原告の主張)

被告ファニーは、被告サワヤから営業権の譲渡を受けるにあたり、被告サワヤの債権者に対する債務を引き受け、平成八年六月二日、その旨を債権者各位に通知した。

(被告らの主張)

被告ファニーは、被告サワヤ対し、同被告から営業権の一部を譲り受ける対価として、被告サワヤの債権者に対する債務のうち、総額一億一六〇〇万円を限度として、その履行を引き受け、可及的速やかに個々の債権者との間で長期分割による支払額、支払方法を確定して債務引受契約を締結する旨約したものであり、被告サワヤの原告に対する債務全額を引き受けたことはない。

被告ファニーは、被告サワヤ倒産後、優先債権である労働賃金、取次手数料を支払ったため、債権者に対する現実の弁済原資は、一億一六〇〇万円から右支払分を差し引いた金九四一六万円となった。被告サワヤの全債権者に対する総債務額は、金九億三〇三九万五一六二円であり、原告の債権額一六六一万八六〇七円の比率は、1.78パーセントである。したがって、被告サワヤから原告に支払う金額すなわち被告ファニーの原告分の履行引受額は、計算上弁済原資の1.78パーセントに相当する金一六七万六〇四八万円となる。ところが、原告は、被告サワヤの手形の支払延期要請に応じず手形を振り込んだため、被告サワヤは、その手形の決済を拒否できず、他の債権者とは別に、原告に対し金二三二万九四六七円を支払った。右支払額は、被告ファニーの原告分の履行引受額を超えているから、被告ファニーの原告分の履行引受分は存在しない。

二  営業譲受人の債務引受広告による責任(商法二八条)の有無

(原告の主張)

被告ファニーは、被告サワヤより営業譲渡を受け、平成八年六月二日付で、被告ファニーと被告サワヤの連名で「当社(被告サワヤ)の債務も新会社(被告ファニー)に引き受けてもらうことになりましたので、ご心配ないようにしていただきたい。」(甲四)と債権者各位に通知しており、債務引受の広告をした。

(被告らの主張)

甲第四号証の通知は、被告らに協力が得られると思われる債権者に対し個別的に配付したものであり、債務引受の広告をしたものではない。右通知には具体的な引受方法や支払方法、支払金額、支払時期等についてはまだ明示できる段階ではなかったのでその記載をせず、債権者会議において、債権者の協力を得て決定する方針であった。

三  法人格否認の法理の適否

(原告の主張)

被告ファニーは、被告サワヤの経営不振により再建困難なことが明らかとなった平成八年五月一五日に設立されており、その営業内容もクリーニングの取次業と同一であり、取次店も引き継ぎ、被告サワヤの従業員の約八割を引き受け、被告サワヤの北柏工場の賃借権と設備・備品を引き継いでおり、被告ファニーの代表者には被告サワヤの取締役であった久留見敏也が就任しており、被告ら間の営業譲渡には実質的な営業の継続性がある。被告ファニーは、被告サワヤの債権者の追求を免れつつ、その事業を継続するためにその法人格を利用したにすぎないものであり、このような法人格の利用は会社制度の濫用であり、被告ファニーは、被告サワヤと別個の法人であるとして、原告の請求を免れることはできない。

(被告らの主張)

被告ファニーは、形式的にも実質的にも組織上も独立した会社としての実体を有し、有機的な活動をしており、法人格が全くの形骸にすぎないものではなく、法人格を濫用したものでもない。被告ファニーは、取次店や賃借工場については、営業権と賃借権の譲渡ではなく、これらの相手方と新たな契約を締結して営業しているものである。

四  債権者代位権の行使の当否

(原告の主張)

原告は、被告サワヤに対し、売買代金債権一四二八万九一四〇円を有している。被告サワヤは、被告ファニーに対し、平成八年五月三〇日、被告サワヤの有する取次店との契約関係を主旨とする営業権を代金一億一六一六万円で譲渡した。被告サワヤは、平成八年四月以降、経営が悪化し債務超過の状態である。

よって、原告は、被告ファニーに対し、債権者代位権に基づき、右売買代金に充つるまで被告サワヤの被告ファニーに対する営業譲渡代金の内金の支払い請求をする。

(被告らの主張)

被告ファニーは、被告サワヤから営業権の一部を譲り受けたが、譲り受けの対価は債務の履行の引受であって、被告サワヤに対し、金銭の支払義務を負担したものではなく、被告サワヤも被告ファニーに対し、営業譲渡の対価として、一定の金銭の給付請求権を取得したものではない。したがって、原告が被告サワヤに代位して被告ファニーに対し支払請求する余地はない。

五  債権者取消権の行使の当否

(原告の主張)

被告サワヤは、平成八年五月三〇日、被告ファニーに対する営業譲渡の際、既に被告サワヤが債務超過であり、更には営業譲渡により被告サワヤの責任財産を実質的に減少させることを知っていた。

被告サワヤは、現在、事実上倒産しており、被告サワヤが被告ファニーから現物の返還を受けるのは実質的に不可能であるから、原告が被告サワヤに対する債権を回収するためには、債権者取消権に基づき、被告ら間の営業譲渡契約を取り消し、被告ファニーに対して価格賠償請求していくほかない。

(被告らの主張)

被告ら間の営業譲渡契約は、被告ファニーが被告サワヤの債務の履行を引き受けるという契約であり、被告サワヤの負債項目を減少させる契約であるから、被告サワヤの責任財産を減少させるものではない。したがって、右営業譲渡契約は、詐害行為とはならない。なお、被告サワヤが営業譲渡の際自己が債務超過の状態にあることを知っていたことは認める。

第四  争点に対する判断

一  債務引受契約の成否

争いのない事実、証拠(甲一ないし三の各一・二、四、五の一・二、六、七、乙一ないし六、証人古田和行、被告サワヤ代表者菅野アイコ、被告ファニー代表者久留見敏也)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。

1  被告サワヤは、昭和六一年五月、岩沢繁と菅野アイコが共同で設立した洗濯業及び洗濯物取次業等を目的とする有限会社であり、菅野アイコが代表取締役、岩沢繁が取締役に就任した。被告サワヤの資金面は岩沢繁が手当てし、営業面は菅野アイコが担当した。岩沢繁は、被告サワヤの社員権の三分の二を所有し、松戸市に土地を買い工場を建て、その工場建物を被告サワヤに賃貸し、機械をリースするなど実質上被告サワヤのオーナーであった。菅野アイコの息子久留見敏也は、平成二年八月、被告サワヤの取締役となり、菅野アイコを補佐して同社の業務に従事してきた。

2  被告サワヤは、柏市と松戸市に各二工場を(合計四工場・柏の二工場は第三者からの賃借、松戸の二工場は岩沢繁からの賃借)を持ち業務を拡大していったが、過剰な設備投資といわゆるバブル経済の崩壊後の売上の減少により、平成五年ころから経営が悪化し、債権者に手形の支払延期を依頼する事態が生ずるようになった。被告サワヤの岩沢繁に対する役員報酬、経営指導料、工場建物の賃料の支払額の総額は、一〇年間で五億円を超え、被告サワヤの経営を圧迫してきた。このような状況の中、岩沢繁は、平成八年四月二日、被告サワヤの資金繰りについて適切な手当てをしないまま、自己の社員権を他に譲り、取締役を辞任してオーナー経営者の立場を離脱したことから、被告サワヤの経営危機が現実化した。なお、岩沢繁は、他所で自らクリーニング業を営んでおり、平成七年暮ころから被告サワヤの取次店約一〇店舗を自己の取次店として契約を切り替えていった。

3  被告サワヤは、平成八年四月二五日に主要債権者会議、翌五月一〇日に債権者会議を開催して、被告サワヤの危機的状況と一旦不渡倒産すると、クリーニング業という性格上、取次店は解散し、会社資産から一般債務者に対する弁済は殆ど不可能になることを説明し、長期弁済計画などその再建策を提案し、各債権者に対し手形の棚上げ、支払期日の延期などを懇請し、このまま推移すれば、被告サワヤの倒産は必至であることを訴え、協力を要請した。

しかし、原告及び岩沢繁を含む数名の債権者は、被告サワヤの要請に応じず、手形の支払期日どおり取立に回す行動に出たため、被告サワヤは、原告の振り込んだ手形の決済を拒否できず、合計金二三二万九四六七円の支払をしたが、更に原告が金額一三二八万九一四〇円の小切手を取立に回したため、平成八年六月三日、第一回目の手形不渡を出し、その後、第二回目の手形不渡を出して、同年七月、銀行取引停止処分を受けて、事実上倒産した。平成八年五月以降、被告サワヤの経営危機を知った他のクリーニング業者らが被告サワヤの取次店に対し契約替えを働きかけ、被告サワヤの取次店崩しを始めた。この間、金融機関などの大口債権者から、被告サワヤの経営権を菅野アイコと岩沢繁が二分割する案が提示されたが、合意に達しなかった。

4  久留見敏也は、平成八年四月八日、被告サワヤの取締役を辞任し、同年五月一五日、クリーニング業、クリーニング取次業を目的とする被告ファニーを設立した。その頃、久留見敏也は、被告サワヤの代表者菅野アイコから、「被告サワヤの倒産は必至だが、このままでは債権者の誰にも一銭も払えない。従業員も給料未払のまま解雇せざるを得ない。建物や機械類は借り物だが、家主やリース会社と被告ファニーとの間で新規に賃貸借契約とリース契約を結ぶことが可能であるなら契約をして、そこで営業をし、その代わり被告サワヤの債務のうち約一億円余の債務の履行を引き受けてほしい。取次店とは被告ファニーが交渉してほしい。」との要請を受け、一億円余の債務を背負い込むことに躊躇したが、取次店が承知してくれるならばという条件付で右要請を受け入れることにした。久留見敏也は、被告サワヤの取次店を回り、被告ファニーへの契約の切り替えを頼み込み、約七割(七二店舗)の取次店との間で新規の契約を締結できることになった。そこで、被告ファニーは、平成八年五月三〇日、被告サワヤから北柏工場、その設備及び営業権の一部の譲渡を受け、金一億一六〇〇万円を限度として被告サワヤの債務の履行を引き受けて、同年六月一日にクリーニング業、クリーニング取次業等の業務を開始した。右引受金額一億一六〇〇万円は、公認会計士において、被告サワヤが平常時の営業を継続している場合の営業権の評価額として算定した金額であり、その営業状況が悪化している場合ないし経営が危機に瀕している場合などの要素を加味して算定すると、その評価額は遙に低いものになる。

5  被告ファニーは、被告サワヤより営業譲渡を受けたことに伴い、平成八年六月二日付で、被告ファニーと被告サワヤの連名で「当社(被告サワヤ)の北柏工場を独立させて、新会社(被告ファニー・代表久留見敏也)として当社(被告サワヤ)の営業権の一部を新会社(被告ファニー)につがせることとしました。新会社(被告ファニー)は北柏工場の賃借権を引きつぎ、設備、備品を譲り受け、取次店契約も新会社(被告ファニー)に引きついで六月一日開業しました。これに合わせて、貴社に対する当社(被告サワヤ)の債務も新会社(被告ファニー)に引受けてもらうことになりましたので、御心配ないようにしていただきたいと存じます。先に御提示した当社(被告サワヤ)の弁済計画も新会社(被告ファニー)により履行してもらうことになります。尚、被告サワヤは松戸で営業を継続し、こちらに残った債務の整理をしていくことになりますが、万一不渡が生じた場合も、可能な限り松戸として操業を続けていく所存です。新会社(被告ファニー)は有限会社ファニーですが、営業マークとしてはニューサワヤとして被告サワヤとの協力関係を維持していく所存です。」との通知(甲四)を協力的な債権者に対してした。

6  被告サワヤは、平成八年七月二四日、債権者集会を開催して、債務整理につき、(1)債権者の同意が得られるならば、被告ファニーにおいて金一億一六〇〇万円を限度として被告サワヤの債務の履行を引き受け、これを一〇年間で分割払いすること、(2)債権額は公平上、平成八年四月二五日を基準として確定し、その後の支払は偏頗弁済であるので計算配当額から差し引くこと、(3)被告ファニーと各債権者間において個別の金額や支払方法などを確定して債務引受契約を締結し、これに従って弁済することを提案し、債権者の三分の二ほどの賛成を得たが、明確な議決が成立するまでには至らなかった。

7  被告ファニーは、被告サワヤ倒産後、優先債権である労働賃金、取次手数料を支払ったため、債権者に対する現実の弁済原資は、一億一六〇〇万円から右支払分を差し引いた金九四一六万円となった。被告サワヤの全債権者に対する総債務額は、金九億三〇三九万五一六二円であり、原告の債権額一六六一万八六〇七円の比率は、1.78パーセントである。したがって、被告サワヤから原告に支払う金額すなわち被告ファニーの原告分の履行引受額は、計算上弁済原資の1.78パーセントに相当する金一六七万六〇四八円となる。ところが、被告サワヤは、原告が被告サワヤの手形の支払延期要請に応じず手形を振り込んだため、その手形の決済を拒否できず、他の債権者とは別に、原告に対し金二三二万九四六七円を支払った。右支払額は、被告ファニーの原告分の履行引受額を超えており、過払いとなっている。

右認定の事実によれば、被告ファニーは、被告サワヤから営業権の譲渡を受けたことに伴い、被告サワヤの債権者に対する債務の履行を金一億一六〇〇万円を限度に引き受けたこと及び被告ファニーの原告に対する履行引受額は、計算上弁済原資の1.78パーセントに相当する金一六七万六〇四八円であるが、原告が被告サワヤの手形の支払延期要請に応じず手形を振り込んだため、被告サワヤは、原告に対し金二三二万九四六七円を支払い、右支払額は原告に対する履行引受額を超えて過払いとなっていることが認められる。したがって、現在、被告ファニーの原告に対する履行引受額の未払分は存在しない。

二  営業譲受人の債務引受広告による責任(商法二八条)の有無

原告は、被告ファニーが、被告サワヤより営業譲渡を受け、平成八年六月二日付で、被告ファニーと被告サワヤの連名で「当社(被告サワヤ)の債務も新会社(被告ファニー)に引き受けてもらうこととなりましたので、ご心配ないようにしていただきたい。」(甲四)と債権者各位に通知したことにより、債務引受の広告をした旨主張するが、前掲各証拠によれば、甲第四号証の通知は、被告らが協力を得られると思われる債権者に対し個別的に配付したものであり、被告サワヤの債権者に対する債務全額について債務引受の広告をしたものではなく、右通知には、被告ファニーが被告サワヤから譲渡を受けたのは営業権の全部ではなく、その一部(北柏工場の営業権)であり、被告サワヤは松戸工場で営業を継続し、松戸工場に残った債務の整理をしていく旨の説明があり、被告ファニーの具体的な債務の履行の引受方法や支払金額、支払方法、支払時期等については未だ明示できる段階ではなかったので、その記載がされず、これらについては、その後の債権者会議において、債権者の協力を得て決定する方針であったことが認められる。

したがって、被告ファニーが、債権者に甲第四号証の通知をしたことをもって、被告サワヤの原告に対する債務全額について、営業譲受人の債務引受の広告をしたということはできず、被告ファニーは商法二八条の責任を負わない。

三  法人格否認の法理の適否

原告は、被告ら間の営業譲渡には実質的な営業の継続性があり、被告ファニーは、被告サワヤの債権者の追求を免れつつ、その事業を継続するためにその法人格を利用したにすぎないものであり、このような法人格の利用は会社制度の濫用であり、被告ファニーは、被告サワヤと別個の法人であるとして、原告の請求を免れることはできないと主張するが、前認定のとおり、被告ファニーは、形式的にも実質的にも被告サワヤとは別個の独立した会社としての実体を有し、被告サワヤから北柏工場、その設備及び営業権の一部の譲渡を受け、これに伴い金一億一六〇〇万円を限度として被告サワヤの債務の履行を引き受け、平成八年六月一日にクリーニング業、クリーニング取次業等の業務を開始して有機的な活動をしており、右引受金額一億一六〇〇万円は、公認会計士において、被告サワヤが平常時の営業を継続している場合の営業権の評価額として算定した合理的な金額であるから、被告ファニーの法人格が、全くの形骸にすぎないものであるとか、法人格を濫用したものであるということはできない。

四  債権者代位権の行使の当否

原告は、被告サワヤが債務超過の状態であるから、被告ファニーに対し、債権者代位権に基づき、原告の被告サワヤに対する売買代金債権額に充つるまで被告サワヤの被告ファニーに対する営業譲渡代金の内金の支払請求をするが、前認定のとおり、被告ファニーは、被告サワヤから営業権の一部を譲り受けたが、譲り受けの対価は債務の履行の引受であって、被告サワヤに対し、金銭の支払義務を負担したものではなく、被告サワヤも被告ファニーに対し、営業譲渡の対価として、一定の金銭の給付請求権を取得したものではないから、原告の債権者代位権の行使は理由がない。

五  債権者取消権の行使の当否

原告は、被告ら間の営業譲渡契約は詐害行為であり、被告サワヤは、現在、事実上倒産しており、被告サワヤが被告ファニーから現物の返還を受けるのは実質的に不可能であるから、原告が被告サワヤに対する債権を回収するために、債権者取消権に基づき、被告ら間の営業譲渡契約を取り消し、被告ファニーに対して価額賠償請求をするが、前認定のとおり、被告ら間の営業譲渡契約は、被告サワヤの経営が危機的状況に陥り、そのまま推移すれば、倒産は必至であり、一旦倒産すると、クリーニング業という性格上、取次店は離散し、会社資産から一般債権者に対する弁済は殆ど不可能になるという状況の下で、被告ファニーが被告サワヤから営業権の一部を譲り受け、その対価として、被告ファニーが被告サワヤの債務の履行を引き受けるという契約であり、その債務の履行引受額一億一六〇〇万円は、公認会計士において、被告サワヤが平常時の営業を継続している場合の営業権の評価額として算定した正当な金額であって、右営業譲渡契約は、被告サワヤの債権者に対し、債権の一部の回収を可能とし、財産上の利益を与えるものであるから、詐害行為とはいえない。したがって、原告の債権者取消権の行使も理由がない。

第五  結論

よって、原告の被告サワヤに対する主位的請求は理由があるから認容し、被告ファニーに対する主位的請求及び予備的請求一、二はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官小野剛)

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